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もうじき夏、リゾートにでかけてみたい島【こだわり旅物語】【再更新】2013-05-30_2013-11-30 [(MSN)産経ニュースからの転載(連携)]
転載記事のフォトで見る限りでは戦争があったなんて想像もできないくらい透き通った
マリンブルーをしてる。終戦記念日の1ヶ月前の(1995年)平成7年 7月15日(享年95歳)に他界した祖父(階級:教育中尉 戒名:大居士)の所属部隊も、海軍第一航空艦隊の空母 信濃(直江津港)の予定だったらしい。
神風特別攻撃隊の第一波攻撃隊の突撃シーンをNHKなどの戦争ドキュメンタリー番組で
見て、出撃できなかったのを後悔していたのを思い出す。零式戦闘機の操縦マニュアルを
暗記して、いつ出撃してもいいように覚悟を決めていたらしい。終戦直後に書類は陸軍省
参謀本部所属 長野指令所により回収され機密保護のため焼却処分された。
祖父が陸軍の教育中尉(赤紙による徴兵)で航空母艦 信濃(直江津港)に数人推挙された名誉艦長の一人だったことは葬儀の時には忘れられていた。趣味の考古学(信濃考古学会のアマチュア考古学者)の先生だと思われて位牌の戒名が居士にされてしまった・・・。
人生、何が起こるかわからないものだ。
一度リゾートついでに慰霊をしてみたい。
マイ ブログに転載記事をアップロードしてみました。2013-07-03 [(MSN)産経ニュースからの転載(連携)]
MSN産経ニュースとマイナビニュースのホームページにある”ブログを書く”ボタン機能で、マイ ブログに切り貼りでクリップして残しておきたいニュース記事だけをピックアップしてみた。
ニュース記事はホームページを開いたときだけ転送されて表示してるみたいなので、ニュースサーバーが混雑してると時間がかかる。
この記事には特別な思い出がある。「母方の祖父がソロモン諸島ガダルカナル島で負傷し、祖父の弟がグァム島の病院で治療にあたっていたところに運良く収容されて再会、その後に重症者を病院船で日本に輸送していたところを不運にも敵艦に発見されて魚雷が命中し二人で仲良く海中に沈んでしまった。」という話を子供のころに母に聞いたのを思い出した。
昔の話だから全部事実かは、当時の戦場に行ったことがないからわからない。もう一人の祖父は、こんなところにいたんだなーと目頭が熱くなった感じ・・・平和は尊いけど永遠に続かないのが・・・大変だな。写真を見ながら黙とう。